令和元年夏の終わり ― 2019年08月09日
梅雨明け、途端の猛暑、もう立秋。8日立秋の城山は真青な空に白い天守が美しかった。

空には半月が見え、秋に成らんとする雲が長くたなびいていた。夏盛りの体感であるが秋は「目にはさやかに見えねども」忍び寄っているのだろう。
まだし残した事が一杯あると子供の頃とおなじ感慨である。

炎帝の統る城下に人気無し
秋の気配 ― 2019年08月13日
毎朝城山へ上っている。早朝は暑いという感じから遠くなった。瀬戸内の空も潮目も何となく秋を思わせる。

上る途中で、霧が堀切峠を越えてくるのを見た。日が昇る帰りにはもう姿を消していた。
秋が来たことを目でしっかりと確認できた。これが秋一番であろう。
秋潮や潮目を過ぎる荷役船
赤いカンナへの思い ― 2019年08月21日
私の子供が遊んだプールは毀され、その金網に背の高い赤いカンナが咲いている。年取ってから「根府川の海」という詩に心引かれた。茨木のり子という詩人は抒情詩よりも抽象詩の作家らしいが私は抒情詩にしか興味は無い。関東に住んでいた頃、この詩に引かれて根府川へ何度もいった。丈高い赤いカンナの花は無かったが穏やかな相模の海はあった。
この地へ帰って、廃プールの金網に丈高い赤いカンナの花を見るとこの詩を歩もいだし、今は異郷で暮らしている子供達を思うう。なつかしい花である。

思ひ出や丈高き赤のカンナ咲く
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