和歌山紀三井寺2025年06月18日

万博へ行く途中和歌山へ行った。徳島からフェリーで和歌山へ2時間半の旅だった。フェリーの上に蝶の群れが来てともに旅をした。韃靼海峡の句は知っていたが、海峡を渡る蝶を始めてみた。
 紀伊水道わたるフェリーの夏の蝶

紀三井寺から和歌の浦を眺めたが、歌枕とは程遠い、河口には貨物船が数隻停泊して、干潟もない様子。
 和歌の浦寺に登れど引かぬ汗

南あわじ旅行2024年11月19日

夏場のハードワーク時に楽しみにしていた温泉旅行を慶野海岸へ行くことにした。白砂青松と温泉がうたい文句だ。冬場だったせいか現実は少し違った。
自転車を借り、淡路らしい田園風景の中、人形浄瑠璃記念館、国分寺跡を廻った。サニーレタスの若葉が爽やかであった。
  楽しみな野菜若葉や小春の日

翌日は洲本市へバスで行き、洲本城へ登った。模型のような天守閣が立っていた。急坂に膝が不安だったが登り切れた。バスターミナルへは近隣3市のコミュニティ-バスが乗り入れていた。淡路交通のバスも運行している。四国中央市でも検討すべきだろう。
 小春日や派手な模様の小型バス
 

御手洗島へ行ってきた2024年08月05日

連句でお世話になった庚申庵の庵主の栗田樗堂の終焉の地御手洗島へ行ってきた。満舟寺の樗堂碑へも参拝してきた。
  樗堂翁眠る寺苑の木下闇


御手洗島の詳細は宮本常一の本で知った。北前船の船泊として栄えた新しい町だそうだ。船を呼ぶために遊女屋を設け成功したそうだ、島には遊女の無縁墓が数多く残っていた。
  海向いた遊女の墓碑や雲の峰

島は今、江戸時代の街並みを保存して観光地として島興しの活動中である。
  風涼し海が馳走の島興し
  

春浅き近江路2024年02月16日

札所満願記念に高野山をと思ったが、寒気の予報で彦根にした。思えば彦根も冬は伊吹颪の厳しい寒いところである。澤田ふじ子の小説でよく描かれていた。案の定、駅から彦根城までの道は冷たい風の出迎えだった。
 彦根城の山は松山ほど大きくないが、城郭(櫓門、天守等々)がよく解る。天守はどの城もあっけないほどこぢんまりしている。

城郭から残雪の比良、伊吹が美しく見えた。

寒いとは言えもう春、梅が美しく咲いていた。

 車窓から春浅き近江平野を眺めて芭蕉を思った。ただ,芭蕉は草津から近江路を往還したのだろう。春も終わりに「行く春を近江の人と惜しみけり」の句がある。

 春浅き近江路では
近江路の野良に人無し浅き春
残雪の比良の山々青霞


あわただしい10月の始まり2023年10月08日

10月初日、5日と松山行きが続いている。17日も松山行きが予定されている。
5日は太極拳のグループ旅行である。興味のあった2の丸庭園を覗いてみたが、評判だおれで、200円の入園料には値しない中途半端なものである。
後で猿が見物に訪れたとニュースで知った。そんなところである。
  
  恋人の聖地はペアで秋の雲

他の2日は連句がらみである。

 城山にアケビがなっているとの話を聞き、探しに行った。話の場所でもありそうな所にでも見つけることができなかった。
 代わりに熟れ始めた柿を確認してきた。近くの烏瓜はまだ実がなっいないが、灸草の実は多く確認出来た。
 
  人知れず城山の柿熟るる頃